普段、南米の小国パラグアイが日本のニュースに載ることなどほとんどないが、今年2026年のワールドカップでは意外な形で注目を集めることになった。もっとも、それは16年ぶりのワールドカップ出場を果たし、予想以上の健闘を見せてベスト16まで勝ち進んだことではない。
むしろ、パラグアイのとある野党議員による、フランス人エムバぺ選手への人種差別発言である。
パラグアイ上院議員がエムバペに投稿した人種差別発言

事の始まりはこうだ。
7月4日にパラグアイ対フランス戦にて0対1でパラグアイが敗退し、大会から姿を消した。敗れたとはいえ、パラグアイにとっては16年ぶりのワールドカップ出場。しかも相手は前回大会の準優勝国であり、今大会でも優勝候補の一角とされたフランスだ。強豪相手に善戦したと称えたいところだった。ところが、試合後、パラグアイの野党上院議員セレステ・アマリージャ氏がエムバぺ選手に関して、SNSにとんでもない内容の投稿をしたのだ。
「フランス人であることを必死に装う、植民地化されたカメルーン人、ひがみっぽく、成金で、横柄で、醜い」
わたしは、日本語の記事で初めてこのことを知ったので、本当にこんなことを言ったのか、何かの過剰翻訳ではないかとも疑って、そこでパラグアイの報道も確認してみたが、実際の投稿は次のとおりだった。
Camerunés colonizado, fingiendo duro ser francés, resentido, rico nuevo, prepotente y feo. Estuvo nervioso y muerto de miedo todo el partido, como todo su equipo, no pudieron meter ni un gol, ganaron de pedo. Y eso que no soy fanática del fútbol.
さらに、次のようにも投稿している。
Bruto no aprendió ni a escribir, en vez de leche materna chupaba cocos y lo más instruido que escuchó eran chimpancés. Le hubieras mostrado el dedo Orlando Gill, yo lo hago en el Senado y no pasa nada!!!
日本語にすれば、
「字を書くことすら学ばなかった野蛮人、母乳の代わりにココナッツを吸い、一番教養あるものとして聞いたのはチンパンジーだった」という趣旨である。
ちなみにエムバぺ選手はカメルーン系の父とアルジェリア人の母を持ち、フランスで生まれ育ったフランス人だ。スペイン語の投稿に、なぜフランス人のエムバペ選手が反応できたのか不思議に思う人もいるかもしれないが、現在スペインのレアル・マドリードに所属しており、スペイン語も流暢に操れるようだ。今回も自分で投稿を読めたはずだが、実際にどの経路で知ったかは確認されていない。
いずれにせよ、擁護する余地が全くない時代錯誤な人種差別発言で、当然、エムバぺ選手もSNS上で反論。フランス当局もFIFA(国際サッカー連盟)もパラグアイ政府までもセレステ氏の発言を非難している。
セレステ・アマリージャ氏はなぜエムバペに激怒したのか
では、どうしてセレステ氏はここまでエムバぺ選手に激怒しているのか。
原因は、試合終了後、パラグアイ代表のGKオルランド・ヒルが差し出した握手を無視したことにあるようだ。エムバぺ選手がパラグアイ側のラフプレーの連発に怒っていた、とも噂されているが定かではない。いずれにせよ、エムバぺ選手の態度は、パラグアイでは「高慢」とか「スポーチマンシップに欠ける」と、かなり批判されているのだ。
さらにこのセレステ氏はパラグアイ国内でも歯に衣を着せぬ攻撃的な発言で知られており、問題を起こしたのはこれが初めてではない。過去には国会議員の多くが金で議席を買ったなどと発言し、証拠なしに国会を侮辱したとして60日間の職務停止処分を受けていたりする。
「恐れずに物を言う政治家」であることを、本人も政治的な持ち味と考えているのかもしれない。
パラグアイは本当に人種差別の強い国なのか

こうした報道を読めば、パラグアイについてあまり知らない人は、この国をとんでもない人種差別国家だと感じるかもしれない。
しかし、パラグアイに暮らし、アフリカ出身の妻を持つ者として、少なくとも私自身の経験から言えるのは、日常生活の中でアフリカ系の人々に対する強い敵意を感じることは、ほとんどなかったということだ。
パラグアイには、スペイン系と先住民グアラニー系の混血という歴史的背景がある。学校ではパラグアイの歴史についても「スペイン人がパラグアイにやってきて、地元のグアラニー族に様々な新しいことを教えてあげて、一緒にパラグアイを建国した」と説明されることが多いようだ。
それもあってか、ヨーロッパに対する憧れや尊敬は強い。外見についても、白い肌や金髪といったヨーロッパ的な特徴を美しいとする価値観は、確かに存在する。実際、肌の色が浅黒いために学校で子供がいじめられたと話す母親にも何人か会ったことがある。
ただし、それがそのまま、アフリカ人に対する強い敵意を意味するわけではない。
さきほどのセレステ・アマリージャ氏は、その後「自分は『くそ黒人(negro de mierda)』と言うことがごく普通だった時代」に育ったのだと弁解していたが、もともとパラグアイの黒人奴隷人口は比較的少なく、現在でも、パラグアイで黒人やアフリカ出身者を街中で見かける機会は、ブラジルや欧米諸国と比べれば多くない。
それもあってか南アフリカ人である妻は、街を歩いていると興味半分で写真を一緒に取ってくれるよう頼まれることもあるくらいだ。ごくたまにヨーロッパや南アフリカからの移住者のなかにいわゆる「黒人嫌い」の人が存在するが、パラグアイ全体としてみた場合、アフリカ系への悪感情はほぼないと言っていいと思う。
周辺国との関係で言うと、アルゼンチンに対しては「高慢」「おしゃべり」「パラグアイを見下している」というイメージからあまり良く思っていない人も多い。一方で、アルゼンチンへ出稼ぎに行くパラグアイ人も多く、文化的な憧れとライバル意識が微妙に絡み合った感情を持っている。ブラジルについては、ビーチや音楽、明るい国民性といったイメージから、比較的好意的に語られることが多いように感じる。

ワールドカップが暴く人種差別
「サッカーを通じW杯は世界を一つにするだろう」
ワールドカップ開催前、FIFA会長はそう述べた。しかしふたを開けてみれば、世界が一つになるどころか、愛国心やライバル意識にあおられ、人々が分断され、より攻撃的になっているように思う。
パラグアイは、少なくとも普段の生活では、決して愛国主義的な国には見えない。むしろ、謙虚で、人懐っこく、外国人にも親切な人が多い。それでも、ワールドカップ期間中は自国代表の勝利に熱狂し、自国を破ったアメリカやフランスが敗退した時は、「ざまあ見ろ」と言わんばかりの反応をしている人もいた。
パラグアイのセレステ・アマリージャ氏の「フランス人であることを必死に装う、植民地化されたカメルーン人」という発言も、彼女だけの異常な暴言というわけではないのだろう。普段は愛想笑いを繕いながら誰も口にすることない本音を、ワールドカップの熱狂に押されて、吐き出してしまっただけのようにも思う。
ワールドカップが世界をひとつにする代わりに、隠れた人種意識や排外主義を表面化し、可視化しているのだとすれば、それは非常に皮肉な話だ。



