南アフリカのヨハネスブルグの評判はすこぶる悪い。ネット上には「世界最恐都市」「強盗遭遇率200%」等々、面白半分に誇張された表現が散乱しているが、そのほとんどはアクセス数稼ぎの手段であって実態を正確に反映しているわけではない。実際には、アフリカに対する偏見を打ち壊してくれるようなオシャレな高級住宅街・レストラン街・ショッピングモールも多くある。
とはいえお世辞にも治安が良いとは言えない地域があるのも事実だ。Hillbrow(ヒルブロウ)というヨハネスブルグ中心部の少し南の地域もそのひとつ。何度か立ち寄ったことがあるが、朽ち果てた建物の壁にグラフィティが描きなぐられ、ごみがそこかしこに散乱しており、不必要に近づきたいとは思えない場所だ。そこに、Ponte City Apartment(ポンテ・シティ・アパートメント)と呼ばれる灰色の円柱型の塔がある。
ポンテ・シティ・アパートメントの繁栄と衰退
1970年代初頭に設計されたその建物は、高さが173メートルもあり、ヨハネスブルグ郊外を運転していてもよく目立つ。上層階からはヨハネスブルグ全体がよく見渡せ、かつては成功した白人富裕層の象徴とも言える建物だった。ところが、アパルトヘイト末期の1980年末に周辺の治安が急激に悪化。住んでいた住民は次々に建物を去ることになる。その後、地元のギャングが建物を占拠。一時は建物全体をそのまま刑務所にするという構想が出されるほど、売春や薬物、違法な銃器の売買が横行する無法地帯と化してしまう。
その後、2000年代に入り政府が介入を始め、数年かけてギャングを駆逐、内部に放置されたごみの撤去に成功する。2006年までに内部の状況は大幅に改善されることとなる。南アフリカでのワールドカップ開催の2年前である。
今では、住民が戻り、内部を見学できるツアーも開催されており旅人の好奇心を満たしてくれる。Airbnbを使えば、きれいに装飾された部屋に宿泊することもできる。一泊770ランド(6000円程度)のようだ。
「この辺りは、夜には近づかないほうがいいよ」
建物を去るときに、タクシーの運転手は僕にそう告げる。
「あまり安全なところじゃないからね」
観光地ではない。しかし、かつて繁栄と富の象徴とされていた所であったとしても、状況の変化と共にいかに脆くも転落し得るかを考えさせられる場所ではある。