幸福な国パラグアイの憂鬱

友人が自殺をした。全く予想しておらず、不意を突かれた感じだった。

日曜日の午後のことである。体調が悪いという夫を残して、子どもを連れて出かけた妻が家に戻って見ると、首を吊って死んでいた。

身長180センチ超の巨体を妻ひとりで自力で降ろしたというのだから、文字通り「火事場の馬鹿力」だったのだろう。救急処置を行い、すぐに救急車を呼んだものの、すでに手遅れ。死後一時間ほど経ち、体は冷たくなっていたのだという。

連絡を受け、私が現地に到着したのはすでに日が落ちた夕方7時頃。舗装されていない荒道の奥にある小さな民家の薄暗い一室で、すでに友人は「遺体」となって棺にこぎれいに納められていた。

呆然と座り込む長男、遺体にすがりついてむせび泣く妻、幼い長女だけが状況を理解できず、裏庭で近所の子と無邪気に遊んでいる。これだけ大勢の人が集まっているのに、不気味なほど静かで、暗闇の中で時折嗚咽だけが夜を震わせては消えていった。

妻と子ども二人を残して突然消えてしまった夫。悪夢の始まり。

一体何があったのか。

幸福の国パラグアイの現実

南米のど真ん中に位置するパラグアイは、かつて貧しいながらも「世界で最も幸福な国のひとつ」に数えられたことがある。2018 年の World Economic Forum(WEF)の記事では、パラグアイが「最もポジティブな国」として紹介され、2024年のGallup の調査でも「前日のポジティブな感情体験」で世界2位にランクインしたという。

パラグアイに関してあまり知らない人は、以下の記事を参照されたい。

パラグアイってどんな国?治安や文化を徹底解説

2026年ワールドカップへの出場が決まったパラグアイ。今後、日本と対戦する可能性もあるけど「パラグアイっていったいどんな国?」と思う方も多いだろう。

そんな方に向けて、パラグアイ歴8年の著者が日常の空気が伝わるエピソードとともに、その国の素顔を紹介していこう。

こうした数字を頻繁に持ち出す人々は、「貧しいけれども幸せ」という物質主義から距離を置いた幸福を、ある種の神話のように信じたがるが、現実は必ずしもそう単純ではない。

例えば、パラグアイでもうつ病は非常に一般的な疾患で、うつ病の有病率は約1.9%と言われる。(ちなみに日本は2.7%らしい)ただ、それよりも深刻なのは、児童虐待と薬物依存だ。具体的に数字を見てみよう。

  • 1014歳の女の子が、毎日平均2人出産 (Amnesty International)
  • 検察庁に「子ども・ティーンへの性的暴力」の通報が1日平均12件 (Amnesty International)
  • 20代の薬物使用障害1.3% (WHO)
  • アルコール使用障害(いわゆるアル中)2.4% (WHO)

上記の数字が示すように、児童への性的虐待は世界最悪レベルで、薬物依存・アルコール依存も日本より圧倒的に高い。

そして残念ながら、虐待された人、薬物やアルコール依存を持つ人は、その後なんらかの精神疾患を発症する可能性が非常に高くなる。

これがかつて世界いちばん幸福な国のひとつといわれた南米パラグアイの現実だ。

A woman sitting alone on a wooden dock by the lake, showing solitude and reflection.

死にたいと思った時にできること

自慢できる話ではないが、私自身「死にたい」と思ったことが何度もある。理由は一言で説明できるようなものではない。でも、おそらくほとんどの人が一度はそう感じたことがあるものなのだと思う。

一番危ないのはうつ病で精神的に落ちているとき、ではない。そういう時は、何事もやる気が起きず、24時間悲しみの渦中にあるような状況が続く。これは心地良い体験ではないが、もっと危険なのは、うつ病の症状のひとつとして「生きることに意味を失う瞬間」だ。これまで大切に思っていたことに興味を失い、おいしい食事を食べる、友だちと会う、旅行に出るといったことまで煩わしく無意味な雑務のように思えてくる。明日死のうが、30年後に死のうが、大した変わりはないだろう、と。恐ろしいほど冷静で、かつ虚無感が人生を支配し始めた時、その瞬間が一番危険だ。

これは他人事ではない。日本で行われたある全国調査によると「人生で一度でも自殺を考えたことがある」人が 25.4%つまり4人に1に及ぶという。

では、精神的に落ちた時にできることを3つ考えてみよう。

1.    最悪の状況は永遠には続かない

仕事上のストレスであれ、人間関係や学業での失敗であれ、何かの依存症と戦っている場合であれ、最悪の状況は永遠には続かないということを覚えておくこと。

明日が必ず良くなると保証することはできないが、生きている限り、いずれ事態は好転するものだ。逆に、自殺は周囲にトラウマの連鎖を引き起こし、「最悪の状況」をさらに悪化させることになる。

2.      話せる相手をひとり見つけておく

病状が深刻化する前に、少し心を開いて話せる相手を一人見つけておくこと。正直に自分の心の内を話すのは勇気がいることだ。でも、すべての詳細を一度に全部話す必要はないし、すべての友人に気持ちを打ち明ける必要もない。でも一人だけ、たったひとりでも心を開ける信頼できる人を見つけておくこと。できれば自分の良いところや特技を思い出せるよう助けてくれるような信頼できる人だ。

それだけで、自殺の危険をある程度下げることができる。

3.      専門家に相談する

ある研究によると、うつ病と診断される女性の数は男性の約2倍。それにも関わらず、自殺する男性の数は、女性の34に及ぶという。これは、うつ病に苦しみながらも、専門家に相談することをためらう男性が多いことを示唆しているのかもしれない。

少し前までは「うつ病」と通常の「憂鬱な気持ち」を混同し、ちょっとくらい落ち込んでいても、好きな音楽でも聴きながら軽く運動すれば改善すると考える人もいた。でもうつ病というのは病気であって、気合いで治るようなものではない。気合いで脳内の化学変化を変えることはできない。糖尿病患者に、「気持ちの持ちよう」で治るよ、というくらい馬鹿げているのだ。

それで、悲しい気持ちが数日ではなく、数週間単位で続く場合は、専門家に相談すること。うつ病が、他の依存症と関連している場合は特に大切だ。

自殺の後に残るもの

ときに自分の人生にがっかりすることがある。なんらかの人格上の欠点か、生まれ持った能力の欠如ゆえに若い時に思い描いた人生や目標を全く達成できなかったような深い失望感を感じることがあるのだ。

ただ、若い時に思い描いた理想の人生が本当の理想ではないかもしれない。今自分がいる場所も、そう悪くはないはずだ。生きているなら希望が持てる。ソロモン王の言葉を借りれば「生きている犬は死んだライオンよりまし」だ。ライオンになろうとして死んでしまうより、今の現状にある程度満足して、そこそこの努力で生活を続ける方が、ずっといいということだ。

棺に収まり、今や「遺体」となった夫の髪をやさしくかき分けながら、うつ伏して涙を流す妻の姿を見て、この男は自分がどれだけ愛されているかに気づいていなかったのだな、と思う。

生きている私たちができることは、周りの人を大切にすること、それぞれに良いところがあることを認めること、感謝すること。

誰も責めることはできないが、たとえどんな複雑な問題を抱えていたとしても、私は友人として、彼が自分の存在に価値を見出せるよう助けられなかったことに対しては悔いが残る。

4 thoughts on “幸福な国パラグアイの憂鬱”

  1. まったく同じ考えで共感しました!
    あと言葉や文章に力があると感じます。
    写真も美しいです!
    静かな感動を覚えたので思わずコメントしました。

    1. ありがとうございます。なるべく海外在住者や旅行者に役立つ情報を配信したいと思っているので、お時間あるときに、またお越しください。

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